リアルタイム地震・防災情報利用協議会
会長 片山 恒雄
良いことも言っていたのだが
ライフラインの地震防災に関して書いたり話したりしていたから、世の中ではだんだんライフライン地震工学の専門家と思われるようになっていた。例えば、神戸地震の12年前、「自然災害の現状と問題点」という土木学会誌の特集号(1983年9月)に、ライフラインの地震防災に関して、今すぐにでも着手すべきこととして、次のように書いている。
1) 時間がかかるのは承知の上で、個々の構成要素の耐震性向上に努力する。
2) ネットワークの特性を考えて、システムの合理的な機能低下の予測を行う。
3) 例えば水道を対象とするのであれば、水道だけではなくて他のシステムとの関わり合いを含めて、都市全体の被害の統一されたイメージづくりをしておく。
4) 起こりそうな災害パターンに対して災害時のシステム運用の基本方針を含む対応策を考えておく。
5) 震災時に起こりそうな状況、それへの対応策などについて十分な啓蒙活動を行う。
なかなか良いことを言っている。当時、補強に関しても、「重要な橋の耐震診断は、設計するときと同じ手間ひまをかけて行うのが当然だ。そしてその結果によっては耐震補強の対応を速やかにとるだけの覚悟が震害予測には必要なのである。本気で考えるなら、予測には設計と同じ位に金も暇も労力もかけるという覚悟が必要だということを忘れてはいけない」と発言している。30年近くも前の発言としては、正鵠を射ていると思う。
しかし、良いことを言っているだけで世の中が良くなるのなら、こんなに楽なことはない。言っているだけではなくて何かやらなければいけないな、と感じ始めていた。そんなとき、「一緒に研究しませんか」と言ってこられたのが東京ガスだった。「地震の被害をもっとストレートに表わす地震計を一緒につくってみませんか」という依頼であった。1985年前後のことだ。この研究は地震計の開発からさらにその都市ガス供給網の地震時制御につながっていった。
SIセンサーの開発
詳しくは覚えていない。神奈川県に小さな地震が起こった。被害はまったくなかったのに、局所的だが都市ガスの供給が止まった。東京ガスは、当時から、地震の揺れに連動してネットワーク内の複数点で供給を遮断する装置を開発・普及していた。この装置は、「落球式」といって地震の揺れでスチールの球が落ちてパイプ内のガスの流れを塞ぐものだった。これがごく一部の地域で作動した結果、ガスが止まったのである。もっと信頼できる遮断装置はできないものだろうか。
私たちのアイディアはこうだった。落球式遮断装置に頼らず、いっそ地震計を使おう。地震計とマイクロチップを組み合わせた装置によって、地震の揺れからもっともパイプの被害に関係がある指標を計算し、これによって遮断すべきかどうかを判断しよう。必要となるセンサーやマイクロチップはどんどん廉くなっていたし、私たちの研究室には佐藤暢彦さんという心強い助手がいた。
佐藤さんは、地震計の設計もコンピュータ・プログラミングも得意だった。「数独」という数字パズルをご存知の方も多いだろう。3×3の箱の中に1から9までの数字を1回だけ入れることができる。このような箱が縦横3つずつ並んでいて、どの行どの列にも1~9の数字を1回しか入れることはできない。初めから入れてある幾つかの数字をヒントに9×9のすべての場所に数字を入れるパズルである。佐藤さんは5、6年前お亡くなりになったが、闘病中に数独を解くプログラムをつくってしまったということだ。合掌。
まず、パイプの被害率とその近くの地震記録のデータのペアが必要である。そんな記録はたくさんあったわけではない。そもそも被害率は、ある程度の広がりの中でしか求められない。点における地震動強さと面における被害率を関係づけるのだから、相当無理があった。地震動強さの指標としたのは、スペクトラム・インテンシティー (SI) である。カリフォルニア工科大学のハウズナー教授たちがずっと前に提案した地震動強さの指標だから、とくに目新しいものではなかった。せいぜい10数組のデータを使ってパイプの被害率と SI の関係を調べてみたところ、どうやらそれなりの相関はある。後は、「進め」でつくったのが「SI センサー」だ。私たちは弁当箱サイズで価格数万円をねらい、ほぼそれに近いものができたが、実用段階ではいろいろな付属物がついて相当高くなった。SIセンサーの開発には2年ほどかかった。
SI センサーの後日談である。特許を申請したセンサーは思いのほか売れたらしい。残念ながら、当時は、大学を通して申請した特許の特許料は個人には来ないシステムになっていた。その代わり、私たち3人の研究グループに一時金として30万円ほどくれたような記憶がある。驚いたことは、あるとき、ある先生から、「片山先生たちの特許は工学系でいちばん稼いだ」と言われたことだ。いまでも、これは信じられない。東大の先生は売れそうな特許は大学を通していなかったのではないかと考えてしまう。制度が変わった時期だったら、数100万円、もしかすると1千万円位の特許料がもらえたかもしれない。まさに「とらぬ狸の皮算用」である。
しかも2008年頃から、SI センサーという名前が使えなくなった。日本中のガス会社が、安全で賢いという触れ込みのガス器具を一斉に売り出した。この器具は調理中の過熱や立消えを防止する機能を持っていて、Safety/Support/Smile の S と intelligent のiを合わせたSiセンサーという名前で登録商標をとってしまったのだ。特許はとったが名前を登録しておかなかったため、私たちの SI センサーは名前の上では消えてしまった。幸いなことに、地震防災に興味を持って下さる人たちは、私たちが開発したセンサーをSIセンサーとしてまだ覚えてくださっている。
シグナル(SIGNAL)への展開
SIセンサーを供給エリア内に広く設置して、それらから得られる信号によって供給を制御するシステムをつくったらどうだろう。センサーの開発をとおして私たちはかなり自信を持っていた。しかし、東京ガスから「やってみましょう」というお返事をいただき、約20億円の予算を知らされたときは、正直言ってビビった。当時は大学で億がつく予算は珍しかった。こうして開発したのが、供給エリア内に330台あまりのSIセンサーを配置した地震時導管網警報システム「シグナル(SIGNAL)」である。この魅力的なネーミングは東京ガスの若いエンジニアによるものだ。新しいアイディアを実際のガス供給システムに組み込んだ研究として評価され、東京ガスの人たちと一緒に土木学会の1996年度技術開発賞を受賞した。私たちとしても「何かをやりとげた」という印象があった。最近のはやり言葉で言えば、「研究の社会実装ができた」というところだろうか。
データベースの構築なども含めて、シグナルの開発には7~8年かかった。従来のハード志向な耐震対策に対して、地震時のシステムの制御ということを表に出した最初の地震対策である。サービスエリア全体にSIセンサーを330 台ぐらい配置し、それらを取り囲むように、地盤深く埋め込んだ地震計が5台置いてある。これらは地震の起こった場所や大きさを自前で予測するためのものだ。さらに、液状化が起こりそうなところに液状化センサーを置いた。
地震計ネットワークに加えて、いろいろなデータベースを前もってつくっておく。例えば、地盤の条件は5種類に分けた。それぞれのメッシュごとに、どれくらいのガス管が埋められているか、どれくらいの地震動でどこに液状化が起こるか、液状化の深さはどれ位か、というようなことを全部データベースとして準備しておく。地震がくると、330 台の地震計で測られた地震動の強さが無線で送られてくる。深く埋められた地震計の記録をもとにして、どこでどれ位の大きさの地震が起こったかを推定する。データベースを使って、どこにどれくらいの被害が起こったかを予測、非常に大きな被害が起こったところにはガスの供給を自動的に停止するシステムである。
330台も地震計があれば大概のことがわかると思われるだろうが、そうはいかない。南関東の地形は起伏に富んでいるうえ、地震計は大体東京ガスの構造物のあるところに配置するので、比較的地盤が良い。丘の上にはたくさんあるが谷底の低地や海岸近くの軟弱地盤にはあまり無い。地震のときによく揺れ液状化しやすいところに設置された地震計の数は少ないのだ。
シグナルは神戸地震の前年、1994年6月から東京ガスの供給エリアで稼働していた。神戸地震の後、大手のガス会社が同様のシステムを導入し、その後、東京ガスはシグナルを大幅に上回る能力を持つシュープリーム(SUPREME)というシステムを開発実用化している。このネーミングもなかなか気が利いている。シュープリームは、シグナルの10倍オーダーの数のより高精度の地震計とシステム機能を導入している。しかし、シュープリームといえども、本物の強い地震に対して働いた経験はない。どこまでうまく働くかは将来の課題として残されているのだ。
(このシリーズ全体の終わり)
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