米国地震学会参加報告
大成建設 吉村智昭
2001年4月18日から20日の間、サンフランシスコ、Cathedral
Hill Hotelにおいて米国地震学会の第96回年次大会が開催されました。筆者は現在カーネギーメロン大学で客員研究員をしていますが、米国在住の地の利を生かして聴講してきましたので様子をご紹介します。
メインの会場はホテルの大広間を2つ使用して行われました(写真1)。また別の広間ではポスターセッションも行われました(写真2)。プログラムよりセッション名を挙げますと表1のようになります。1月26日のインドの地震や2月28日のシアトル付近の地震を扱ったセッションは特に盛況でした(写真3)。前後の17日、21日には計算プログラムの講習会や会場外見学ツアーも開催されました。また、1906年サンフランシスコ大地震追悼セレモニーや公開討論会といった行事も期間中市内で開催されました。筆者は、そのうちサンフランシスコ市役所のレトロフィット免震見学ツアーに参加しましたので合わせてご紹介します。
なお、講演の題目、アブストラクト等が米国地震学会のホームページhttp://www.seismosoc.orgに掲載されています。
写真1 会場となったカセドラル・ヒル・ホテル インターナショナルの間
表1 第96回米国地震学会年次大会プログラム
17日 プログラム講習会(オプショナル) ・弾性体中の断層変位分布を計算するプログラムCoulomb 2.0 講習会 |
18日 ・サンフランシスコ湾岸地域の過去と未来の地震 ・検知、位置決定、識別における問題 ・Cascadia地域における地震の危険性:新しいパラダイムI、II ・リアルタイム地震情報の開発と利用法 |
19日 ・最近の地震から得られる新しい地震学・地震工学的展望 ・ストレス・トリガー:地震のメカニズムにおける最新の洞察 ・地震の核形成と地震の進展 ・古地震学:世界の大断層の再発の定量化 ・2001年1月26日インド 地震 |
20日 ・地震予測と危険度モデル:次世代へ伝えるべき問題点と成果 ・震源・地下構造、地震記録 ・地域的および世界的スケールの3次元地下モデル ・断層変位速度についての議論:古地震学vs測地学 ・不整形地下モデルにおける強震動の観測と予測 |
21日 見学会(オプショナル) ・サンフランシスコ湾岸地域の断層見学会 ・サンフランシスコ市庁舎免震レトロフィット見学会 |
筆者が聴講して面白かったものをいくつか簡単に紹介しましょう。
・ リアルタイム地震情報の開発と利用法
地震発生時の早期危機対策を目指して早期警戒や震度分布作成、被害予測を行うシステム作りが研究されています。カルフォルニア工科大学(Calteck)と米国地質調査所(USGS)によるカリフォルニア地域の地震観測網TriNet、連邦危機管理庁のHAZUS(写真4)というシステム、メキシコの早期警戒システム、カリフォルニア州の電力会社パシフィックガス・アンド・エレクトリック社(PG&E)のGIS(地理情報システム)危機管理サーバーアプリケーション(写真5)、原子力規制委員会(NRC)の危機対応システムなどの紹介がありました。また、日本のKIK-NETの紹介が現在USGSに在籍中の青井真氏より紹介されました(写真6)。
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最近の地震から得られる新しい地震学・地震工学的展望
トルコ地震、台湾地震の話題が中心でした。それぞれの国から研究者が参加して発表しておりました(写真7、8)。東大地震研の工藤先生がトルコ地震について微動アレー観測による地盤構造と強震動の関係を発表されていました(写真9)。
・2001年1月26日インド 地震
インド地震については、特別セッションが設けられ、観測記録や余震分布、震源メカニズム、液状化などが発表されました(写真10)。この地震は"Republic
Day" Earthquakeとの呼び名でも呼ばれていました。インドの重要な記念日だと思われます。
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不整形地下モデルにおける強震動の観測と予測
3次元差分法による波動解析の話題が中心でした。カリフォルニア地域の盆地構造を対象にしたシミュレーションや、3次元差分法における計算上の工夫などが発表されました。
写真4 米国連邦危機管理庁の地震被害予測システムHAZUS
写真5 カリフォルニア州の電力会社PG&E社の開発したGIS
写真6 防災科学研究所のKIK-NETを紹介する青井氏
芸予地震(左OHP)と鳥取地震(右OHP)について地表のK-NET(左図)と基盤のKIK-NET(右図)の加速度分布の比較
写真7 台湾地震の研究発表
折れ曲がった断層面とすべり分布
写真8 トルコ地震の研究発表
アナトリア大断層での過去の地震によるエネルギー放出分布
写真9 東大地震研工藤先生のトルコ地震についての発表
微動アレー観測より地盤構造を推定した
写真10 インド地震の研究発表
震源地付近の地盤構造
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サンフランシスコ市庁舎免震レトロフィット見学会
筆者は上記見学会にも参加しました。建築関係の方は特に興味深いと思われます。写真を交えてご紹介します。レトロフィットとは既存の建築物の耐震性を向上させるため免震装置等を設置して改修を行うことです。ここで紹介する事例では、変形性能に富み固有周期の長い積層ゴムを用いた免震装置を建物の柱基部と基礎の間に挿入し、建物に入射する地震波を低減することにより耐震性の向上を図っています。
旧サンフランシスコ市庁舎は、1906年サンフランシスコ大地震により破壊されてしまいました。この地震を契機に米国地震学会が設立され、当学会のメダルには市庁舎が描かれています(写真11)。新しい市庁舎が1915年にArthur
Brown Jr.の設計にもとづき再建されました。1989年のロマプリータ地震による被害のあと、修理と600基の免震装置を用いた免震レトロフィット工事が1999年5月に完成しました。壮麗なドームを頂く姿は"The
Crown Jewel"と形容され、サンフランシスコ市民の誇りとなっています(写真12,13)。
見学会では免震層部分に入り込み(写真14)、耐火被覆の施された免震装置を見せてもらいました(写真15)。スライドによる説明もありました。写真16は平面図です。600基の免震装置が設置されています。6種類の径のものが用いられ、最大のものは径約1mで、変位能力は30インチだそうです。写真17は免震装置の収まりを示したものです。鉄骨柱基部と鉄筋コンクリート基礎梁の間に免震装置が挿入されました。写真18は地震応答解析のための建屋モデルです。鉄骨フレームと鉄筋コンクリート(または組石)造の複合構造となっています。写真19に鉄骨フレーム立面図を、写真20に耐震壁の配置を示します。写真21に設計用地震動入力時の建屋応答の解析結果を示します。免震装置がある場合と基礎を剛に固定して免震装置がない場合の比較がなされ、免震装置により建屋部材に生じるせん断力が大幅に低減されることが示されています。
サンフランシスコ市庁舎の道路を挟んだ向かいのアジア博物館(旧図書館)は現在免震レトロフィット工事の途中で、これも見学してきました(写真22)。歴史的価値のある外壁(写真23)と内部の階段ホールのみを残して大規模な改修が施され、内側はフレームだけの空ろになっています(写真24)。写真25は外壁に沿う外柱の基部に免震装置が設置されつつある様子を示しています。写真26は免震装置の設置状況を示しています。
写真11 米国地震学会のメダルに描かれた旧サンフランシスコ市庁舎
写真17 免震装置の収まりを示した図
鉄骨フレーム(橙)と鉄筋コンクリート梁(青)の間に免震装置(赤)が挿入された
写真18 建屋解析モデル
鉄骨フレーム(赤)と鉄筋コンクリートまたは組石(灰色)の複合構造
写真21 建屋の地震応答解析
免震装置使用時(上)と基礎固定時(下)の相対変位(黄)とせん断力(青)分布の比較
写真22 免震レトロフィット工事中のアジア博物館(旧図書館)
写真24 外壁と鉄骨フレームだけになってしまっている建物内部
写真25 進行中の免震装置設置工事
外壁に沿う鉄骨柱の基部に免震装置が挿入されている
写真26 設置された免震装置
黄色いカメラフィルムの箱を比較対象に置いた
以上、簡単ですが米国地震学会の様子を報告させていただきました。トルコ、台湾、インドの地震は日本でも熱心に話題にされていることと思いますが、私自身は最近講演会の類にあまり出席していなかったので大変参考になりました。建築出身の私にとってサンフランシスコ市庁舎の見学は大変参考になりました。私が現在滞在しているピッツバーグからサンフランシスコまで、国内とはいえ飛行機で5時間以上かかりますが、それだけの価値はありました。会場のホテルからすぐ近くのジャパン・タウンの中にある日本食レストランに毎夜通い、寿司、てんぷら、カツどんなど、久しぶりに「正統な」味付けの日本食を楽しむことができました。
筆者とサンフランシスコ市庁舎
写真屋の現像ミスで色むらが生じている。がっかり。
(よしむら ちあき)