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バンダアチェはいま(その2)

 東京電機大学 教授 片山 恒雄


ところで旅の目的は

 資料よって数値は違うのだが、津波のあと10万棟の復興住宅が必要となった。半分が新築、半分が補修である。これに世界中の国々、NGO、NPO、国連機関などが名乗りをあげた。世界銀行もその1つである。世界銀行は、自らの資金のほかに、EUが中心となったマルチ・ドナー・トラスト・ファンド(MTF = 多国籍基金)の運用を任されている。MTFによってインドネシアにつくられる住宅は、新築7千棟、補修7千棟のあわせて約1万4千棟である。日本は、MTFには加わっていない。

 新築・補修にいたるプロセスはきわめて世銀的、国連的な性善説に基づいたものだ。大切な決定は、コミュニティーの判断に委ねる。選挙によってコミュニティーを代表する人たちを選び、村落を津波前の場所におくか別の場所に移すかとか、村落の中の家の配置をどうするかといった大きな判断を住民が自分たちの責任で行う。ともかく、重要な判断を要する問題は、この代表者たちが決める。

 家をつくってもらう人たちには、3つのやり方がある。すなわち、全部を自分でやる、全部を請負に任す、建設材料を自分たちで手配し大工さんやレンガ職人を自分たちで雇うという3つのやり方だ。いちばん多いのは、3番目のやり方である。この場合、住民の多くは建築のプロではないから、家主と請負職人の間にいて、できあがる家の品質を保証するエンジニアが必要になる。「ファシリテータ」と呼ばれるグループの人たちである。品質の中には、当然のことながら、耐震性が含まれる。

 ファシリテート(facilitate)という語を英和辞書で引くと、「(仕事などを)容易にする」とある。英英辞書を引いても似たような説明があるが、英語の類語辞書を見ると、ヘルプ、アシストといった言葉が並んでいる。サッカーの「アシスト」を考えるといいようだ。

 復興住宅の品質は、ファシリテータが十分な役割を果たすかどうかにかかっている。ところが、実際に建設現場を見て歩くと、鉄筋の配置、レンガの積み方、モルタルの品質など、どれをとっても、このままでは、せっかくできる新しい住宅が、はじめから耐震性不足の欠陥住宅になってしまいそうだ。ファシリテータは、自分たちの仕事の大切さをどこまで理解しているのだろうか。これが、ラジブがプロジェクトを立ち上げた理由である。

 丸々1日かけてバンダアチェまでやってきたのは、ファシリテータを相手に実践的なワークショップを開き、彼らに責任の大きさを理解してもらおうと考えたからだ。

ワークショップでやったこと

 1日目(2006年11月29日)は、ほとんど終日をテディーの講義にあてた。彼は、このプロジェクトのために特別に用意した鉄筋の組み立て方や木造部材の差し込み方を示す小型モデルを使って、鉄筋の正しい配置法や木造部材の正しい組み立て方についてきわめて具体的な説明をした。自分が撮影した地震被害の写真を使って、それぞれの場合に何が原因で建物が壊れたのかを熱心に話す。テディーの冗談に40人ほどの参加者がなんども爆笑するのだが、言葉がわからない私にとって、1日目は苦痛だった。

 テディーは、インドネシアを代表する耐震エンジニア、その上、大金持ちである。いくつものヒルトンホテルやジャカルタの目抜き通りのビルの多くは彼が耐震解析を担当した。だが、単なる金持ちの構造計算屋とはちがって、インドネシアで被害地震が起こるたびに、自費で被害を調査し、その結果をパンフレットにまとめ、なぜ被害が起こったか、どうすれば地震に強い家ができるかを訴え続けてきた。彼が見せる写真はどれもインドネシアの実情を表していて迫力がある。

 私たちは、もう長い間、個人的な友人でもある。10年以上も前のことだったか、彼が大病を患って入院しているとき、お見舞いに行ったこともある。小柄だが、ともかく向うっ気の強い男で、いつも権威に反抗するので、お役所などからは煙ったがられていたが、スマトラ津波のあとは、政府を含む多くの機関から協力を要請された。津波の翌日にヘリで現地入りしたときは、町中が死体でいっぱいだったそうだ。

 どこまでわかったかを別にして、ファシリテータはみんな熱心にテディーの講義に耳を傾けていた。ファシリテータのほとんどは20歳代半ばから後半の若者たちである。ラジブのアンケートによれば、大学卒業後3年以内のエンジニアが9割を占めるそうだ。この年齢層が1つの大きな課題であることが徐々にわかってくる。

 1日目を終えるに当たって、WSSI(世界地震安全推進機構)の代表として挨拶した。そんなときのために用意した資料を入れたメモリーを長い旅行の間に失くしてしまった。それに眼鏡ケースと電子辞書も見当たらない。だが、ここ2、3ヶ月似たような話をあちこちでしてきたので困ることはない。神戸地震のときの私の経験、いまの日本の地震防災に対する私の考え、なぜ構造物の耐震化がもっとも大切かなどを話した。

 2日目、1日目の講義がどれ位理解されたかを確認するため、ファシリテータと一緒に現地に出向く。まず、参加者を20人ほどの2チームに分ける。各チームが異なる復興住宅現場を訪ねるのだ。それぞれの現場では、各チームをさらに10人ほどの2つのグループに分ける。1つのグループは、前日の講義をもとに、将来の家主さんと施工を請け負う大工さんなどに、耐震的な家をつくるには、どんなことに注意しなければならないかをモデルを使って説明する。残ったグループの人たちは、そのときのやりとりの記録をとる。この結果を持って世界銀行のオフィスに戻り、1日目の講義が正しく理解されたかどうかをチェックするのだ。

 午後はふたたびテディーが熱弁をふるって1日目の講義の復習。参加者は全員まじめで、被害スライドを食い入るように見ている。しかし、全員が同じように理解しているかは、よくわからない。ジョークには全員が笑うのだが、技術的な説明に対しては、うなずく人もいれば、戸惑っている人もいる。

 しかし、これは第1歩である。残念なことに、世界銀行がつくる7千棟の新築家屋のうち、約6千棟はすでに何らかの形で工事がスタートしている。もしかすると、すでにできあがった約6千棟に対しても、耐震補強が必要になるかもしれない。多数の新築の建物を「まだ使い始める前に」耐震補強するというかつてない経験をすることがあるかもしれない。(その2の終わり)


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