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私たちのジレンマ(1)−私の国際交流(その10−1)

 東京電機大学 教授 片山 恒雄


Haresh Shah の問いかけ

 3.11地震津波で、影が薄れてしまったが、自然災害に携わる人たち、または携わっていると思っていた人たちにとって2008年は特別な年であった。5月2日から3日にかけて、ミャンマーのイラワディ川デルタに上陸したサイクロンが14万人の死者・行方不明者を出した。そして5月12日14時28分(現地時間)、中国四川省を襲った地震が再び巨大な人的・物的被害をもたらした。中国民政部の7月22日の発表によれば、死者69,197人、行方不明18,222人、負傷者374,176人である。

 私たちが WSSI を立ち上げるときの考えは、「すでに技術はある。必要とする人たちに、どうやってそれを伝えていくか」というものだった。Haresh Shah (スタンフォード大学名誉教授) は、技術を持つ人たちとそれを必要とする人たちの間に残る最後の1マイル”the Last Mile” をどう繋げるかにあると言っていた。

 2つの災害の後、Shah はこう問いかけたのである (16 May 2008)。

  • ミャンマーや中国で起こった災害はなぜ何度も何度も起こり続けるのか。
  • グローバル・リスクを減らそうという私たちのモデルは機能していないのか。
  • このようなカタストロフが起こり続けるおおもとの原因 (Root cause)が分かっていないのではないか。
  • まったく新しい戦略をもう一度ゼロからつくらなければならないのか。
  • これまで私たちが解決していると思っていた問題は一体何だったのか。

災害の後には、いつも莫大なお金が流れるが、災害の前に使えるお金はほとんどない。災害の前にお金が使えるとすれば、私たちは何に使うべきなのだろうか。

レスポンス(1)- David Hopkins & Shel Cherry

 最初のレスポンスはニュージーランドの建設コンサルタント David Hopkins から寄せられた (02 June 2008)。Davidは、国際地震工学会のニュージーランド代表を務めた時期もあったし、WSSIの理事として一緒に仕事をしたこともある。

安全な構造物をつくる技術はすでに存在する。地震に対して安全な学校建物をつくる技術を新しく開発する必要はない。必要なのは、安全な構造物がつくられていることに対して、あらゆるレベルの機関が責任を取ろうとすることである。今こそ、世界中のプロフェッショナルが1つになって声をあげ、政府に地震安全の向上を迫ることである。研究者やエンジニアに対しては、リスクが高い途上国にもっと注目すべきことを理解させねばならない。

 私は、以前から、ニュージーランドの地震工学コミュニティーの健全さに関心を払ってきた。2010年9月5日早朝、ニュージーランド南島のクライストチャーチ近くで起こったマグニチュード7.4の地震による人的被害が、死者なし、重傷者2人ですんだということは、「政府は地震安全の向上」に本気で取り組めというHopkinsの主張がニュージーランドでは実現しつつあることを示しているように思われた。(2011年2月22日に、この地震の余震がクライストチャーチのさらに近くで起こり、日本人28人を含む180人もの犠牲者を出してしまった。その後だったら、Hopkinsは何と言っただろう。)

 Hopkinsは、さらに続けて、「IAEEやWSSIは素晴らしいアイディアを持っているが、それらを実現するための財政的な基盤があまりにも弱い」と述べたうえで、「たとえば、ウェブを使った募金などを考えるべきではないか。また、各国政府を本気にさせるためには、GDPで国を比べるのと同じように、地震安全スコアを国際的に公開することで、政府に圧力をかけることはできないだろうか」と提案している。

 WSSIの創設時から理事を務めていた Sheldon Cherry (カナダ)も短い意見を送ってきた(09 June 2008)。「Davidのコメントは、Last Mile への扉をこじ開ける大切な鍵ではあるが、この鍵は先進諸国にしか当てはまらない。途上国でも使える鍵を見つけることは難しいが、挑戦すべき課題ではある。」

レスポンス(2)- Fouad Bendimerad

 続いてレスポンスを送ってきたのは、EMI (Earthquakes and Megacities Initiative) の Fouad Bendimeradである(10 June 2008) 。彼は、学校の地震安全に関わってきた経験から、問題の解決を阻んでいる理由を3つにまとめた。

1.規制や規則の欠如、さらには、政府が計画や予算を解決すべき問題に適切に振り向けようという気がないこと。
2.広く建設業界に存在するお粗末な施工のプロフェッショナル水準−プラナー、建築 家、建設関連の役人、エンジニア、施工業者、現場労務者のすべてを含む。
3.財政的な支援機関がこの種の問題を扱う知識や能力を持っていないこと−人道的な 行為に関する能力は持っていても、災害リスク軽減に関する知識に欠ける。

これからの防災戦略はこれらの3点に留意したものでなければならず、政府、財政的な支援機関、ISDRのような専門的国連機関、プロジェクト実施機関、国によっては民間セクターをも含んだパートナーシップによるパイロットプロジェクトから始めるのがよい。

 ISDR(International Strategy for Disaster Reduction) は、IDNDRのフォロウアップとして,2000年国連がスタートさせたプロジェクトであり、国際社会が今後10年に取組むべき防災に関する優先行動事項をまとめたガイドライン「兵庫行動枠組2005-2015」に従って、国連各加盟国は、自らの防災行動を計画して、今後十年の防災活動を行うこととなっている。ガイドラインは、自然災害やそれに関連する事故災害および環境上の現象から生じた人的、社会的、経済的、環境的損失を減少させるための活動にグローバルな枠組みを与えるという目的をもつ。

レスポンス(3)- Ben Wisner

 これに対して、Ben Wisner がすぐに (10 June 2008)、次のようにコメントした。

Fouad の挙げた3点にもう1つ加えるなら、政府関係者、プロフェッショナル、法律をつくる人たちに対する、下からの突き上げが限定的、または持続性に欠けることである。大切なことは、組織化されたボトム・アップ・ロビーイングである。四川の場合、他にも色々な原因があるかもしれないが、壊れた学校では、劣悪な材料が使われていた。最後の1マイルにつながる扉への道を阻害しているのは「腐敗」である。最近も、中国の中央政府は、崩壊した学校について保護者の非難の声がますます高まっていることを報道しないよう、中国メディアに指令した。WSSIのような団体は、『腐敗』というRoot cause とどう取り組むかを考えるべきだ。

 Ben Wisner については、ご存じの方も多いと思う。1960年代の後半から、アフリカの現場で環境や災害の課題と40年以上も取り組んできた。彼の言葉には現場での経験に裏打ちされた重みがある。Benは、自分のチャレンジに何のレスポンスもないことを受けて、「腐敗こそが最大の Root cause」という挑戦になぜ誰も答えないのかと問いかけている。

40年も現場を中心に、世の中に受け入れられにくい発言・活動を続けていると、自分の 主張がまったく無視されることは珍しくない。しかしながら、WSSIのような旧知のグル ープの人たちに無視されるのは残念だ。問題は難しく、気持良いまどろみから私たちを 覚醒させてしまうものであることはわかる。仮に、私たちが、パイロット・プロジェクトを実施、マニュアルを整備、大工やレンガ工を訓練、さらに、規制を書く為政者の手伝いができるとしても、「腐敗−Corruption」と本気で対峙しないかぎり、それらは何の役に立つだろうか。

という、Ben のコメントは厳しかった。(続く)


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