特集号の発刊にあたって

 強震記録は主として耐震設計のための入力地震動として、あるいは経験的な入力レベルの推定のための地震動距離減衰式を構築すること等に用いられてきた。1980年代にデジタル強震計の発展と普及と共に時刻精度も良くなり、多成分観測、アレー観測など強震動の波動的考察が試みられるようになった。強震観測の最も大きな節目は1995年兵庫県南部地震の後に展開された、全国をほぼ均質に覆うように設置された強震観測網(K-NET, KiK-net)であり、気象庁や自治体で展開された震度情報網である。これらの観測網の即時的なデータ公開とも相俟って、観測記録の取得・蓄積と広い分野での解析への利用など、これまでに無い画期的な進展をみた。特に震源過程の複雑な挙動の解析には欠かすことの出来ない資料となり、さらには地震時の緊急対応への情報提供として震度観測は世界に類を見ない質と量的提供が実現している。

 一方で、強震記録に内在する各種情報を我々は十分引き出しているか、あるいは強震記録が得られた設置条件などに問題はないか、震度が地震動強さの簡易表現として十分かなどの疑問も生まれてきた。2005年度大会において,日本地震工学会「強震動データの共有化及び活用法に関する研究委員会」と土木学会地震工学委員会「震度計の設置促進と震度データの利用高度化に関する研究小委員会」は合同でオーガナイズド・セッションを企画し、近年更新が予定されている震度計ネットをはじめ,危機管理に不可欠な情報として取り込まれつつある強震観測網の今後の利活用、強震記録の耐震安全性の照査や震源特性解明への利用などについて,活発な討議をおこなった。そこで,発表された内容および一般会員からの投稿を加えて表記テーマの特集号を構成し,強震記録や震度情報の利用に関する会員内外への問いかけを目的に本特集号を立案した。ここに実現できたのは、編集委員会のご賛同とご協力、および多くの査読者の方々のご尽力の賜物である。関係者各位、特に中村 晋委員長、久田嘉章副委員長に改めて御礼申し上げる。また、厳しいスケジュールの中で投稿していただいた方々のご努力に敬意を表したい。

 今回は、強震計・震度計記録利用の全ての分野を網羅することを特には意図しなかったこともあり、震源逆解析や地震動の経験的予測などの主題が含まれなかったのは、やや残念であると言わざるを得ない。しかし、強震・震度記録の利活用の新分野への広がりと同時に、観測における観測機器設置環境への問題提起も出されるなど、工学的・社会的利用の方向性が打ち出されている。

 なお、稀にしか発生しない強震動の観測と記録の利用に関する歴史的考察は、日本地震工学会「強震動データの共有化及び活用法に関する研究委員会」と強震観測事業推進連絡会議(事務局、独立行政法人防災科学技術研究所)の共催による記念シンポジウム「日本の強震観測50年」―歴史と展望― で討議され、プロシーディングス(防災科技研、2005)にまとめられている。本特集号とあわせてご覧いただければ幸甚である。

平成19年3月

日本地震工学会論文集編集委員会
特集号編集委員会(安中 正、市村 強、大野 晋、香川敬生、片岡俊一、工藤一嘉、境 有紀、佐藤智美、飛田 潤)