特集号の発刊にあたって

特集号編集委員会
委員長 目黒公郎

 「脆弱建造物の改修と人口集積地域の地震防災対策推進とその方策」に関する研究会

 まず最初に、今回の特集を組む主体となった 「脆弱建造物の改修と人口集積地域の地震防災対策推進とその方策に関する特別研究会」について簡単に触れておく。

 世界の地震防災上の最重要課題は既存不適格建物の問題である。この耐震補強がうまく進まない限り,いかに優れた事後対応システムや復旧・復興戦略を持とうが,地震直後に発生する構造物被害とそれに伴う人的被害を減らすことはできない.近年の世界の大震災から学ぶべき最大の教訓は,「復旧・復興期までを含めて,発現した様々な問題の根本的な原因は,地震直後に発生した大量の構造物被害と,これを原因として生じた多数の人的被害であった」ことである。

 本研究委員会は,この地震防災上の最重要課題の解決に向けた施策の立案を目的として設立された。そして地域によって異なる耐震補強が進まない理由を分析し,これを推進するための環境の整備法や施策を提案した.その際には,我が国のみならず,途上国を含めた世界の地震国を対象として研究を進めた.地震工学の先進国である我が国が,世界の地震国から真に尊敬される国際貢献を実現する施策を提案するとともに,多分野からの多様な人材を有する本学会だから実現できたと思っていただけるような活動をめざした。この国際貢献の視点に関しては、JAEE4代目会長の石原先生が、JAEEの重要な設立目的のひとつとして、意識して活動して欲しい旨の助言をいただいた。研究会のメンバーには,耐震補強に関心の高い,研究者,実務者,行政官,金融業者,国際支援機構,マスコミ,ボランティア活動家,などに入っていただいた。

 具体的な活動の内容としては、1.耐震改修が進まない課題の整理(世界を対象として)、a)構造タイプ別技術論(診断法,補強法),b)制度/法律論,c)市民の意識啓発上の課題、d)市場メカニズムの導入法における問題,他、2.国際地震防災人材ネットワークの構築(ICUS,アジア防災センター,IIEESなどを有効活用)、3.インターネット上の地震防災に関する各種ツールを集めた「耐震化対策デジタルアーカイブス,http://risk-mg.iis.u-tokyo.ac.jp/070616/taisinn/case.html」の整備、4.耐震基準を守らせる仕組みの整理(新築不適格構造物の阻止のため)、5.耐震補強法のデータアーカイブ構築(工法,施工例,各国の基準,標準的な基準の多言語訳など)、6.市場メカニズムの導入法,保険等の利用によるリスクヘッジ法の整理、7.推進システムの整理と世界モデルの提案、などを行った。これらの中のいくつかは、既に同様の活動を実施していた海外を含める諸機関/組織、研究プロジェクトとも共同して行った。

 研究成果や検討の結果は、一般の人々までを対象としたシンポジウム、委員会HP、JICAやJBICのサポートによる途上国のNon-Engineered構造物の安くて簡便な工法による耐震補強技術とこれを普及させるための制度の提案などとしてまとめられた。

 今回の特集号は、これら一連の活動のひとつとして、JAEEの研究論文集に、当該研究会メンバーの研究成果と関連する研究課題の成果を特集しようとしたものである。2005年のJAEEの年次学術講演会中に開催した「既存不適格建物対策を中心とした都市の脆弱性改善策」の特別セッションで発表いただいた研究をコアに企画を考えたが、あいにく、企画の直前までに、他のジャーナルへ投稿した成果が多かったことなどから、最終的に採択された論文が少なかったのは残念であるが、搭載された論文はそれぞれに特徴のあるよい論文である。とくに伯野元彦先生からの寄稿文は、地震工学の専門家の当事者としての話として、ユニークな中にも含蓄のある論文である。ぜひ熟読していただきたい。

 最後に今回特集号を実現できたのは、編集委員会のご賛同とご協力、および多くの査読者の方々のご尽力の賜物である。関係者各位、特に中村晋委員長、久田嘉章副委員長に改めてお礼申し上げる。また投稿していただいた方々のご努力に敬意を表したい。最終的な掲載が遅れてしまったのは、委員長の私の責任であり、この場をお借りして深く謝罪する次第である。

平成19年8月

日本地震工学会論文集編集委員会
特集号編集委員会
委員長 目黒公郎